pua na mdomo

pua na mdomo

pua na mdomo
 
直訳すると 鼻と口 ということで、両者が至近距離にあることを形容した表現です。
日本語でいう 目と鼻の先 にあたります。
 
例文;
Kutoka stesheni hadi kwetu ni karibu sana, pua na mdomo tu.
駅からうちまではすぐ近く、目と鼻の先です。
 
こういう言葉で誘われて、歩き出したら遠かった…なんて嘆かないでくださいね。

アフリカの人が嘘つきなのではなく、どれぐらいの距離を近いと感じ、また遠いと感じるかは、人それぞれですから。

 

2013年1月21日 | カテゴリー : 慣用句 | 投稿者 : nyamburra

unga mkono

unga mkono

unga mkono
 
意味は、手をつなぐ
 
子どもたちが仲良く手をつなぐのではなく、手を組む、手を結ぶ、あるいは 同意する、手伝う といった感じです。
 
例文;
Ndugu zangu waliniunga mkono niliposema kuwa kuna matatizo nyumbani.
家にいろいろ問題があるといったとき、兄弟たちは私と手を組んだ。
 
unga という動詞は、もともと 結びつける というような意味があるので、慣用句としては分かりやすい方だと思います。
 
Tuungane mkono 手を結ぼう と相手からいわれたときは、よくよく考えましょう。

だって、困ったらすぐ手を放す人に限って、こういう申し出をしてくるんですもの。

 

2013年1月20日 | カテゴリー : 慣用句 | 投稿者 : nyamburra

hospitali; zahanati

hospitali  zahanati

hospitali; zahanati

hospitali病院 を指します。
zahanati診療所 を指します。

例文;
Nilipelekwa hospitali nikalazwa mwezi mzima.
私は病院へ運ばれて、丸一ヶ月入院した。

Zahanati hii ina wagonjwa wengi.
この診療所には病人が大勢いる。

診療所の方は、英語からきた dispensarikliniki も使われます。

 

piga miayo

piga miayo

piga miayo
 
意味は あくびをする
 
例文;
Ikifika saa tatu jioni watoto wanaanza kupiga miayo ya usingizi.
夜9時頃になると子どもたちは眠くてあくびを始める
 
この例文では眠くてするようになっていますが、お腹が空いたときにもあくびが出るといいます。
私があくびをすると連れ合いは「お腹が空いたの?」って聞いてきます。
 
日本でもこういう風にいう地域ってありますか?
私は眠いときしか知らないのですが。
ちなみに、私は関西出身です。

 

2013年1月18日 | カテゴリー : 慣用句 | 投稿者 : nyamburra

kitukuu; mjukuu

kitukuu; mjukuu

kitukuu; mjukuu

kitukuuひ孫
mjukuu を指します。

例文;
Ukijitunza utaishi na kuona kitukuu chako.
養生すれば、長生きしてひ孫の顔を見れるよ

Bibi hupendelea sana kucheza na mjukuu wake.
おばあさんは孫と遊ぶのが好きだ

アフリカは平均寿命が短いということで、イコール高齢者がいないと思っていらっしゃる方もいるようですが、平均寿命が短いのは乳幼児死亡率が高いことに影響されている場合が多いので、アフリカにもお年寄りはたくさんいます。

舅は80代で亡くなりましたが、とても元気で威勢が良くって、近所では「若者」って呼ばれていました。
子どもがたくさんいたので孫もひ孫も大勢いました。

 

kimbia kama paa

kimbia kama paa

kimbia kama paa
 
直は ガゼルのように走る ということで 非常に速く走る
 
例文;
Alipokuwa kwenye mashindano ya mbio, alikimbia kama paa.
彼は駆けっこに出たとき(ガゼルみたいに)とても速く走った。
 
走るのって、訓練もあるけれど、基本は才能、生まれつきですよね。
 
σ(-_-)ワタシは、走るだけじゃなくすべてにわたって運動能力ゼロだったから 「体育さえなければ、学校ってどんなに楽しいだろう」って思ってたんですよ、心底。
 
民族的に走るのが得意な人たちとかって本当にいるのでしょうか…。

ケニャの場合、カレンジンの走者が多かったりしますが、たまたま時の政府がカレンジンの政府だったりしたことも影響があるのかも。
でも、例えば高地に住んでいる人たちだと、低地で走れば有利なのは違いないですよね。

 

2013年1月16日 | カテゴリー : 比喩表現 | 投稿者 : nyamburra

moyo wa simba

moyo wa simba

moyo wa simba

直は “ライオンの心” ということから、勇敢な心、強い心、固い決意 などを表します。

例文;
Onyango alikuwa na moyo wa simba.
Onyangoは勇敢な心を持っていた。

ライオンは、強さの象徴ですね。

ネコ科にしては大きすぎる(太すぎる?) 体で、強引というか、力ずくみたいなところがあまり好きではないのですが。。。

象徴としての強さは万国共通なのか、リチャード1世 はそのまんま、獅子心王リチャードと、スコットランド王 ウィリアムは 獅子王ウィリアム と呼ばれます。

昔、獅子心王リチャードがスティーブン・ボイド主演で映画化されると聞き、弟 ジョン王の役はクリストファー・プラマーということで期待度100%だったのに、中止になってしまった (;>_<;)ビェェン

30年以上昔の思い出話・・・でした。

 

2013年1月15日 | カテゴリー : 慣用句 | 投稿者 : nyamburra

kubwa; pana

kubwa  pana

kubwa; pana

どちらも形容詞です。

kubwa というのは 大きい ということで、比較対象物よりも大きいことを表します。

例文;
Babu alivua samaki mkubwa.
祖父は大きな魚を釣った。

pana の方は、細い/狭いに対する 広い という意味です。

例文;
Barabara hii ni pana sana.
この道路は(道幅が)とても広い。

間違えても、先ずたいていは意味が通じますので、気づかずに使っている方も多いのではないかと思います。

 

lala kama gogo

lala kama gogo

lala kama gogo

丸太のように眠る

日本語だと 泥のように眠る にあたりますね。

例文;
Mume wangu alilala kama gogo kwa sababu ya uchovu.
夫は疲れて泥のように眠った。

英語でも 丸太 というようなんですが、この言い回しは英語起源なんでしょうか。

 

2013年1月13日 | カテゴリー : 比喩表現 | 投稿者 : nyamburra

paka mtu matope/tope と paka mtu mavi

paka_mtu_matope

paka mtu matope/tope

直訳すれば 顔に泥を塗る ですが、慣用句としては、恥をかかせる という意味になります。

例文;
Alinipaka matope aliponitukana mbele za watu.
彼は私を人前で罵って、恥をかかせた。

日本語で言う “顔に泥を塗る” は、顔を潰す、面目を潰す、つまり相手の評判を落としてしまうことを指しますので、ちょっと違ってきますね。

じゃぁ、”顔に泥を塗る” のはどう言うのかって?
それが、もっと大変な物を塗ってしまうんですよ。

paka mtu mavi

糞/大便を塗る が直訳で、評判を落とす、顔を潰す、顔に泥を塗る という意味になります。

例文;
Yule mtoto alimpaka mavi babake kwa kushikwa kwa wizi.
あの子は泥棒で捕まって、父親の顔に泥を塗った。

日本語でも「恥をかかせる」と「顔に泥を塗る」って、その差が微妙で、重なる部分のほうが大きいこともあってか、なかなか使い分けできないというか、混同しているというか、作家・物書きが書いたものでも混乱していますよね。

スワヒリ語では使い分けができているんでしょうかねぇ。

 

2013年1月12日 | カテゴリー : 慣用句 | 投稿者 : nyamburra