moyo wa simba

moyo wa simba

moyo wa simba

直は “ライオンの心” ということから、勇敢な心、強い心、固い決意 などを表します。

例文;
Onyango alikuwa na moyo wa simba.
Onyangoは勇敢な心を持っていた。

ライオンは、強さの象徴ですね。

ネコ科にしては大きすぎる(太すぎる?) 体で、強引というか、力ずくみたいなところがあまり好きではないのですが。。。

象徴としての強さは万国共通なのか、リチャード1世 はそのまんま、獅子心王リチャードと、スコットランド王 ウィリアムは 獅子王ウィリアム と呼ばれます。

昔、獅子心王リチャードがスティーブン・ボイド主演で映画化されると聞き、弟 ジョン王の役はクリストファー・プラマーということで期待度100%だったのに、中止になってしまった (;>_<;)ビェェン

30年以上昔の思い出話・・・でした。

 

2013年1月15日 | カテゴリー : 慣用句 | 投稿者 : nyamburra

kubwa; pana

kubwa  pana

kubwa; pana

どちらも形容詞です。

kubwa というのは 大きい ということで、比較対象物よりも大きいことを表します。

例文;
Babu alivua samaki mkubwa.
祖父は大きな魚を釣った。

pana の方は、細い/狭いに対する 広い という意味です。

例文;
Barabara hii ni pana sana.
この道路は(道幅が)とても広い。

間違えても、先ずたいていは意味が通じますので、気づかずに使っている方も多いのではないかと思います。

 

lala kama gogo

lala kama gogo

lala kama gogo

丸太のように眠る

日本語だと 泥のように眠る にあたりますね。

例文;
Mume wangu alilala kama gogo kwa sababu ya uchovu.
夫は疲れて泥のように眠った。

英語でも 丸太 というようなんですが、この言い回しは英語起源なんでしょうか。

 

2013年1月13日 | カテゴリー : 比喩表現 | 投稿者 : nyamburra

paka mtu matope/tope と paka mtu mavi

paka_mtu_matope

paka mtu matope/tope

直訳すれば 顔に泥を塗る ですが、慣用句としては、恥をかかせる という意味になります。

例文;
Alinipaka matope aliponitukana mbele za watu.
彼は私を人前で罵って、恥をかかせた。

日本語で言う “顔に泥を塗る” は、顔を潰す、面目を潰す、つまり相手の評判を落としてしまうことを指しますので、ちょっと違ってきますね。

じゃぁ、”顔に泥を塗る” のはどう言うのかって?
それが、もっと大変な物を塗ってしまうんですよ。

paka mtu mavi

糞/大便を塗る が直訳で、評判を落とす、顔を潰す、顔に泥を塗る という意味になります。

例文;
Yule mtoto alimpaka mavi babake kwa kushikwa kwa wizi.
あの子は泥棒で捕まって、父親の顔に泥を塗った。

日本語でも「恥をかかせる」と「顔に泥を塗る」って、その差が微妙で、重なる部分のほうが大きいこともあってか、なかなか使い分けできないというか、混同しているというか、作家・物書きが書いたものでも混乱していますよね。

スワヒリ語では使い分けができているんでしょうかねぇ。

 

2013年1月12日 | カテゴリー : 慣用句 | 投稿者 : nyamburra

mtondo; mtondogoo

mtondo; mtondogoo

mtondo; mtondogoo
 
mtondo明明後日、明後日の次の日 を指します。 
mtondogoo は、弥明後日、明明後日の次の日 を指します。
 
例文;
Siku ifuatayo keshokutwa ni mtondo.
明後日の次の日は明明後日です。
 
Usisahau kuja tena mtondogoo.
弥明後日にまた来るのを忘れないように。
 
日本語のこれらの日の呼び方は、地方によって少し差があると聞いていますが、明後日に対する位置で判っていただけると思います。

 

ukali kama wembe ulionolewa

ukali kama wembe

ukali kama wembe ulionolewa

 研がれたカミソリの刃ように鋭い ということで、非常に鋭い鋭利な様子を指します。

例文;
Nilinunua kisu kikali kama wembe ulionolewa.
私は鋭利な包丁を買った。

私たちは鋭いものっていったら何を思い浮かべるかしら。
カミソリというよりは包丁とかナイフっていうんじゃないでしょうか。

そうそう、うちのお手伝いさん、カミソリで爪を切るので怖かったです。

私は小さかった頃、ままごと遊びをするのに家から包丁を持ち出して祖母から叱られました。
ところが、叱られたのはいつも祖母が使う包丁だからだと思い、普段使わない出刃包丁をまた持ち出しました。
それでミカンの皮を二枚に下ろそうとして指を切って…

それから刃物が怖くって、いまだに料理も苦手です。

 

2013年1月10日 | カテゴリー : 比喩表現 | 投稿者 : nyamburra

mkono kwa mkono

mkono kwa mkono

mkono kwa mkono

手を組んで、協力し合って というような意味です。
 
例文;
Tukifanya kazi hii mkono kwa mkono itakwisha haraka.
協力してこの仕事をすれば早く終わる
 
mguu kwa mguu を書いたとき、明日は mkono なんて言ってたのに忘れてたぁ…… ( 〃..)ノ ハンセイ

 

2013年1月9日 | カテゴリー : 慣用句 | 投稿者 : nyamburra

safari

safari

safari : 1. 旅、旅行
      2. 順番、回数

例文 -1;
Safari yetu itakuwa ndefu, afadhali tuondoke mapema.
私たちの旅は長くなるから、早く出発した方がよい。

safari というのは、世界中でもっともポピュラーなスワヒリ語の一つではないでしょうか。

サファリと聞くと、一昔前なら狩猟の旅、最近では動物を見るための旅行を想像しがちですが、そういったものに限らず、すべての旅・旅行を指します。
帰省するのも、受験のために上京するのも、出張で海外へ行くのも、すべて safari です。

例文 -2;
Safari hii hatuwezi kushindwa.
今回は負けるわけにはいかない。

safariの意味として 旅行 の方があまりにも有名すぎて、勉強をはじめたばかりの人の中には、こんな文章が出てきたときにも辞書を引かずに頭を悩ませたりするようです。

私が初めてケニャへ行った80年頃は、アフリカへ行くというのは、観光旅行としてはまだまだ珍しかったですが、最近では観光客も増えて、最初の海外旅行がアフリカという人も大勢いるようです。

当時のケニャでは、「今年何人目の観光客です」というようなバウチャーをくれたりしていました。 今では人が多すぎて、そんなもの出せないよってところでしょうか。

ケニャ・タンザニア同時テロ以来、ナイロビの街中では日本人観光客を見かけることが少なくなりました。
(最近はまた増えてきているとも聞きますが…)

数年前、たまたまケニャの知人を訪ねていっていたとき、当時の観光大臣がやってきたので紹介してもらったのですが、「近頃、日本人はナイロビの街中に来ない。ということは買い物もしてくれないということだ」って嘆いていました。

皆さんどんどんケニャへ行って、どんどん買い物をしましょう (^o^)ハハハ

 

kimbia; ruka

kimbia  ruka  ruka

kimbia; ruka

kimbia は、走る、逃げる、追いかける など、早く移動する行動を指します。

ruka は、跳ぶ、飛ぶ など、空中を移動する行動を指します。

例文;
Nitakimbia maktabani mara moja.
ひとっ走り図書館へ行きます。

Ndege itaruka saa mbili asubuhi.
飛行機は朝8時に飛びます。

こういう感じの似た単語というのは、スワ・スワ辞書で確かめてみると面白いのですが、時には、かえって判らなくなるときもあります。(^^ゞ

 

wazi kama pango

wazi kama pango

wazi kama pango
 
洞穴のように開いている という意味から、開けっ放し開ききった様を表します。
 
例文;
Juma alipozungumza jinywa lake lilikuwa wazi kama pango.
Jumaが話したとき、口が大きく開いていた。
 
これは、口を大きく開けて、それこそ喉の奥まで見えそうな感じで話していた、というような意味です。
 
日本でもこういう話し方は行儀が悪いとされますが、東アフリカでも厭がられます。

 

2013年1月6日 | カテゴリー : 比喩表現 | 投稿者 : nyamburra