serikali; taifa

serikali  taifa

serikali; taifa

serikali政府、つまり 国を治める権限を持った機構 を指します。

taifa国家、つまり 同じ歴史、経済、文化・習慣その他によって結合され一つの統治組織をもつ団体 を指します。

例文;
Serikali ya Kenya imekataza kutoa na kupokea hongo.
ケニャ政府は贈収賄を禁じた

Tanzania ni taifa lililo huru.
タンザニアは独立した国である

ケニャでもタンザニアでも、人々はけっこう政治について語ります。そして、退きません。
まぁ、それで喧嘩になることはまずないですが、かなり熱く語り合います。

日本人はなかなかそういう話には加われないですが、自国の政府を肯定も否定もできないようでは「この人、もしかしたら馬鹿??」って思われるかも。

そういう話の中では、差し障りがないかぎり自分の意見を述べた方がいいようです。

 

enda chaka chaka

enda chaka chaka

enda chaka chaka

大急ぎでいくことを表す擬態語です。

場面によって表現は違ってくると思いますが、すっ飛んでいく の類の言葉になるかと思います。

例文;
Baada ya kuipokea ile tanzia ya kifo cha mjomba tulienda chaka chaka hadi palipokuwa na ile ajali.
叔父が亡くなったという知らせを受けて、私たちは事故現場へ大急ぎで行った

さっさと行く というような迷ったりぐずついたりしないという意味ではなく、行為行動の速さを指します。

 

mbuzi

mbuzi-1    mbuzi-2

mbuzi : 1. 山羊
             2. ココナッツ削り

二つの異なった意味を持つ名詞です。

例文-1;
Siku ya Krismasi watu huchinja mbuzi.
クリスマスに人々は山羊を捌く

例文-2;
Mbuzi yangu imevunjika haitaweza kukuna nazi.
私のココナツ削りは壊れてしまって、もうココナツを削れない

ココナツは削って売っているところもありますが、コーストの家庭ではたいてい家で削ると思います。
このmbuziに椅子のように腰掛けて、頭の部分の金具で削ります。
今はこのスタイルではなく、手回しの金属製のものなども売っています。

削ったココナツをぬるま湯に浸してから絞ってココナツミルクを取り、それを料理に入れます。
シチューにいれたり、ピラウやビリアニ、それから白いご飯にもいれます。

Africa想い出部屋のレシピのコーナーでご紹介しています。

ナイロビでは、私も工場生産で削ったものを使いますが、正直言っておいしくないです。
ココナツミルクを絞った絞りかすを売っているんじゃないかと思うほど、薄いものしか絞れません。
それで、最近は缶詰のココナツ・ミルクを買ったりしますが。やっぱりフレッシュなものがいいですね。

 

choma

choma_1   choma_2

choma : 1. 焼く、燃やす
        2. 刺す、突き刺す

二つの異なった意味を持つ動詞です。

例文 -1;
Tuchome nyama sasa, wageni watakuja sasa hivi.
さぁ、お肉を焼こう。お客さんたちがすぐ来るよ。

nyamachoma あるいは nyama ya kuchoma
アフリカ式バーベキューといわれたりもしますが、基本的にお塩をしただけで炭焼きする、シンプルで美味しい焼き肉料理です。

レシピはAfrica想い出部屋のレシピのコーナーでご紹介しています。

パーティーの時には家で焼きますが、普段は外食のメニューです。
昼間からやっているお店もたくさんありますが、夜になってからバーの焼き肉コーナーで食べるというのが、大人の場合は多いですね。
最近はこぎれいなお店も増えていますが、どっちかというと、小汚い(失礼!)お店の方が美味しいのはラーメン屋さんんと同じかしら。ani-wink01

焼かれるお肉は一番人気はトリかヤギ。
牛肉は値段が手頃で、豚肉も高いですが人気らしいです。

私自身はヤギが一番好きです!
初めてタンザニアへ行ったときに、ダル大の教職員専用のクラブに連れて行ってもらって、そこで初めてヤギのお肉を食べたのですが、その美味しかったことと言ったら。

沖縄にはヤギ肉料理があると聞いて、うらやましく思っています。

例文 -2;
Mwizi alimchoma mwenye nyumba kwa kisu.
泥棒は主をナイフで刺した。

例文のように本当に刃物で 刺す というだけでなく、言葉で傷つけられたようなときに 言葉が胸に刺さった というようにも使います。

日本語で 胸を突く といえば いろいろな思いで胸がいっぱいになる ようなことを指しますが、混乱して日本語と同じように使ってしまうと全く違ったことになりかねませんから 要注意ですね。

 

pua na mdomo

pua na mdomo

pua na mdomo
 
直訳すると 鼻と口 ということで、両者が至近距離にあることを形容した表現です。
日本語でいう 目と鼻の先 にあたります。
 
例文;
Kutoka stesheni hadi kwetu ni karibu sana, pua na mdomo tu.
駅からうちまではすぐ近く、目と鼻の先です。
 
こういう言葉で誘われて、歩き出したら遠かった…なんて嘆かないでくださいね。

アフリカの人が嘘つきなのではなく、どれぐらいの距離を近いと感じ、また遠いと感じるかは、人それぞれですから。

 

2013年1月21日 | カテゴリー : 慣用句 | 投稿者 : nyamburra

unga mkono

unga mkono

unga mkono
 
意味は、手をつなぐ
 
子どもたちが仲良く手をつなぐのではなく、手を組む、手を結ぶ、あるいは 同意する、手伝う といった感じです。
 
例文;
Ndugu zangu waliniunga mkono niliposema kuwa kuna matatizo nyumbani.
家にいろいろ問題があるといったとき、兄弟たちは私と手を組んだ。
 
unga という動詞は、もともと 結びつける というような意味があるので、慣用句としては分かりやすい方だと思います。
 
Tuungane mkono 手を結ぼう と相手からいわれたときは、よくよく考えましょう。

だって、困ったらすぐ手を放す人に限って、こういう申し出をしてくるんですもの。

 

2013年1月20日 | カテゴリー : 慣用句 | 投稿者 : nyamburra

hospitali; zahanati

hospitali  zahanati

hospitali; zahanati

hospitali病院 を指します。
zahanati診療所 を指します。

例文;
Nilipelekwa hospitali nikalazwa mwezi mzima.
私は病院へ運ばれて、丸一ヶ月入院した。

Zahanati hii ina wagonjwa wengi.
この診療所には病人が大勢いる。

診療所の方は、英語からきた dispensarikliniki も使われます。

 

piga miayo

piga miayo

piga miayo
 
意味は あくびをする
 
例文;
Ikifika saa tatu jioni watoto wanaanza kupiga miayo ya usingizi.
夜9時頃になると子どもたちは眠くてあくびを始める
 
この例文では眠くてするようになっていますが、お腹が空いたときにもあくびが出るといいます。
私があくびをすると連れ合いは「お腹が空いたの?」って聞いてきます。
 
日本でもこういう風にいう地域ってありますか?
私は眠いときしか知らないのですが。
ちなみに、私は関西出身です。

 

2013年1月18日 | カテゴリー : 慣用句 | 投稿者 : nyamburra

kitukuu; mjukuu

kitukuu; mjukuu

kitukuu; mjukuu

kitukuuひ孫
mjukuu を指します。

例文;
Ukijitunza utaishi na kuona kitukuu chako.
養生すれば、長生きしてひ孫の顔を見れるよ

Bibi hupendelea sana kucheza na mjukuu wake.
おばあさんは孫と遊ぶのが好きだ

アフリカは平均寿命が短いということで、イコール高齢者がいないと思っていらっしゃる方もいるようですが、平均寿命が短いのは乳幼児死亡率が高いことに影響されている場合が多いので、アフリカにもお年寄りはたくさんいます。

舅は80代で亡くなりましたが、とても元気で威勢が良くって、近所では「若者」って呼ばれていました。
子どもがたくさんいたので孫もひ孫も大勢いました。

 

kimbia kama paa

kimbia kama paa

kimbia kama paa
 
直は ガゼルのように走る ということで 非常に速く走る
 
例文;
Alipokuwa kwenye mashindano ya mbio, alikimbia kama paa.
彼は駆けっこに出たとき(ガゼルみたいに)とても速く走った。
 
走るのって、訓練もあるけれど、基本は才能、生まれつきですよね。
 
σ(-_-)ワタシは、走るだけじゃなくすべてにわたって運動能力ゼロだったから 「体育さえなければ、学校ってどんなに楽しいだろう」って思ってたんですよ、心底。
 
民族的に走るのが得意な人たちとかって本当にいるのでしょうか…。

ケニャの場合、カレンジンの走者が多かったりしますが、たまたま時の政府がカレンジンの政府だったりしたことも影響があるのかも。
でも、例えば高地に住んでいる人たちだと、低地で走れば有利なのは違いないですよね。

 

2013年1月16日 | カテゴリー : 比喩表現 | 投稿者 : nyamburra