kula chumvi (nyingi)

kula chumvi

kula chumvi (nyingi)

長生きする/している という意味です。

動物に欠かせないお塩。長生きする人は、当然たくさん食べているわけですね。

例文;
Babu amekula chumvi nyingi kweli.
祖父は本当に長生きだ

舅は80代後半で亡くなりましたが、若々しい人でした。
初めて会ったときは70を過ぎていたのですが、60そこそこにしか見えませんでした。

長生きの秘訣を尋ねたら「お塩を食べないこと」って!
確かに食事にはお塩を入れないのですが、ミネラル分を取るのに発泡性のお薬というのか健康食品というのかを愛用していました。

だったらお塩にすれば良いのに。(^o^)ハハハ

 

2013年2月25日 | カテゴリー : 慣用句 | 投稿者 : nyamburra

funga mzigo

funga mzigo

funga mzigo

仕度をする、特に旅支度をする という意味です。

例文;
Kamau alimaliza kufunga mizigo yake.
カマウは旅支度を調えた

夫の実家へ行く準備をしているところへ、彼の友人がたまたま寄りました。
Mmefunga mzigo? 日本語で言えば「出かけるの?」とか「旅行かい?」ぐらいの意味なんでしょうが、私はしっかりと答えました。
Hatujafunga bado. まだスーツケースは閉めていません。

荷造りはまだ終わっていません、という程度の意味で使ったのですが、大笑いでした。

でも、こういうことの積み重ねで覚えていくんですよね、慣用句や比喩表現は。
恥をかきながら (^o^)ハハハ

 

2013年2月10日 | カテゴリー : 慣用句 | 投稿者 : nyamburra

peana mikono

peana mikono

peana mikono

別れの挨拶をする という意味です。

例文;
Baada ya kuimaliza mkutano walipeana mikono na kuenda zao.
会議のあと、彼らは挨拶をして帰って行った

スワヒリの世界では挨拶はとても重要です。
出会ったときの挨拶も長いですし、別れるときも同じく長いです。

パーティーというほど大げさでなくとも、ちょっと何人かをお招きしたときでも、お開きという段になると、ゲストの中の最年長或いは上位の人が必ず全員を代表してお礼を述べてくれます。

ナイロビにいるとき、若い女性を二人(姉妹)、何度か食事に誘うのですが、食事が終わると姉の方が必ずきちんとお礼を言ってくれます。

日本人が招かれた場合、それぞれが丁寧にお礼は言うのですが、それとは別に年長者などがきちんとお礼を言わないので、現地の年長者は首をかしげたりします。

 

2013年2月6日 | カテゴリー : 慣用句 | 投稿者 : nyamburra

shika njia

shika njia

shika njia

立ち去る帰って行く、あるいはどこかへ向かう道を取る というような意味です。

例文;
Askari alituamrisha “Shikeni nijia!”.
警官は私たちに “立ち去れ!” と命令した

ある慣用句辞書の例文では、借金取りに来た人に「出直してきて」というときにも使っていました。

(-_-;ウーン そういう使い方って、もしされたら、日本人だったら怒りますよねぇ。
向こうの人は怒らないのかなぁ???

 

2013年2月5日 | カテゴリー : 慣用句 | 投稿者 : nyamburra

rudisha mlango

rudisha mlango

rudisha mlango
 
意味は ドアを戻す
 
例文;
Nilirudisha mlango baada ya kumkaribisha mgeni ndani.
私は、客を招き入れたあとドアを戻した。
 
funga mlango は、文字通り ドアを閉める ですが、rudisha mlango の方は、しっかり閉めるのではなく、開いたままにしないで軽く押し戻す感じを指します。
半ドアとでもいえばいいのか、開けっ放しではなく、戻しておく程度ですね。
あるいは、閉めることは閉めるが鍵をかけない状態というのも指します。
 
たとえば、女性の部屋に男性が入る、あるいはその逆の場合、ドアを開けておくのが(旧世代の?)エチケットですよね。
だからって、部屋の奥まで丸見えって訳にもいかない。
そういうとき、完全には閉めないけれど、外からは見えないように、隙間を残して閉めますよね。
その状態と思ってください。

 

2013年1月26日 | カテゴリー : 慣用句 | 投稿者 : nyamburra

pua na mdomo

pua na mdomo

pua na mdomo
 
直訳すると 鼻と口 ということで、両者が至近距離にあることを形容した表現です。
日本語でいう 目と鼻の先 にあたります。
 
例文;
Kutoka stesheni hadi kwetu ni karibu sana, pua na mdomo tu.
駅からうちまではすぐ近く、目と鼻の先です。
 
こういう言葉で誘われて、歩き出したら遠かった…なんて嘆かないでくださいね。

アフリカの人が嘘つきなのではなく、どれぐらいの距離を近いと感じ、また遠いと感じるかは、人それぞれですから。

 

2013年1月21日 | カテゴリー : 慣用句 | 投稿者 : nyamburra

unga mkono

unga mkono

unga mkono
 
意味は、手をつなぐ
 
子どもたちが仲良く手をつなぐのではなく、手を組む、手を結ぶ、あるいは 同意する、手伝う といった感じです。
 
例文;
Ndugu zangu waliniunga mkono niliposema kuwa kuna matatizo nyumbani.
家にいろいろ問題があるといったとき、兄弟たちは私と手を組んだ。
 
unga という動詞は、もともと 結びつける というような意味があるので、慣用句としては分かりやすい方だと思います。
 
Tuungane mkono 手を結ぼう と相手からいわれたときは、よくよく考えましょう。

だって、困ったらすぐ手を放す人に限って、こういう申し出をしてくるんですもの。

 

2013年1月20日 | カテゴリー : 慣用句 | 投稿者 : nyamburra

piga miayo

piga miayo

piga miayo
 
意味は あくびをする
 
例文;
Ikifika saa tatu jioni watoto wanaanza kupiga miayo ya usingizi.
夜9時頃になると子どもたちは眠くてあくびを始める
 
この例文では眠くてするようになっていますが、お腹が空いたときにもあくびが出るといいます。
私があくびをすると連れ合いは「お腹が空いたの?」って聞いてきます。
 
日本でもこういう風にいう地域ってありますか?
私は眠いときしか知らないのですが。
ちなみに、私は関西出身です。

 

2013年1月18日 | カテゴリー : 慣用句 | 投稿者 : nyamburra

moyo wa simba

moyo wa simba

moyo wa simba

直は “ライオンの心” ということから、勇敢な心、強い心、固い決意 などを表します。

例文;
Onyango alikuwa na moyo wa simba.
Onyangoは勇敢な心を持っていた。

ライオンは、強さの象徴ですね。

ネコ科にしては大きすぎる(太すぎる?) 体で、強引というか、力ずくみたいなところがあまり好きではないのですが。。。

象徴としての強さは万国共通なのか、リチャード1世 はそのまんま、獅子心王リチャードと、スコットランド王 ウィリアムは 獅子王ウィリアム と呼ばれます。

昔、獅子心王リチャードがスティーブン・ボイド主演で映画化されると聞き、弟 ジョン王の役はクリストファー・プラマーということで期待度100%だったのに、中止になってしまった (;>_<;)ビェェン

30年以上昔の思い出話・・・でした。

 

2013年1月15日 | カテゴリー : 慣用句 | 投稿者 : nyamburra

paka mtu matope/tope と paka mtu mavi

paka_mtu_matope

paka mtu matope/tope

直訳すれば 顔に泥を塗る ですが、慣用句としては、恥をかかせる という意味になります。

例文;
Alinipaka matope aliponitukana mbele za watu.
彼は私を人前で罵って、恥をかかせた。

日本語で言う “顔に泥を塗る” は、顔を潰す、面目を潰す、つまり相手の評判を落としてしまうことを指しますので、ちょっと違ってきますね。

じゃぁ、”顔に泥を塗る” のはどう言うのかって?
それが、もっと大変な物を塗ってしまうんですよ。

paka mtu mavi

糞/大便を塗る が直訳で、評判を落とす、顔を潰す、顔に泥を塗る という意味になります。

例文;
Yule mtoto alimpaka mavi babake kwa kushikwa kwa wizi.
あの子は泥棒で捕まって、父親の顔に泥を塗った。

日本語でも「恥をかかせる」と「顔に泥を塗る」って、その差が微妙で、重なる部分のほうが大きいこともあってか、なかなか使い分けできないというか、混同しているというか、作家・物書きが書いたものでも混乱していますよね。

スワヒリ語では使い分けができているんでしょうかねぇ。

 

2013年1月12日 | カテゴリー : 慣用句 | 投稿者 : nyamburra