sema maneno mengi kama chiriku/kasuku
フィンチ(アトリ科の鳥)/オウムのようにたくさん話す ということで、お喋りだ、口数が多い という意味になります。
例文;
Fatuma husema maneno mengi kama chiriku/kasuku.
Fatumaはいつもよく喋る。
chirikuというのはフィンチの類の鳥のことですが、この名詞そのもので おしゃべりな人 という意味合いもあります。
日本語だと、おしゃべりは “雀のお松” ですよね。
身近な小鳥が喩えに使われるのは解るのですが、sema maneno mengi kama cherehani ミシンのように っていうのもあるんです。
いつ頃成立した表現なんでしょうねぇ。
電動式のものならともかく、足踏み式、あるいはそれ以前の手回し式のものでも”おしゃべり”だったのかしら。
その当時の、その当時なりの生活ペースから比べるとやはり忙しくうるさく聞こえたのでしょうねぇ。
私、耳が悪いせいか声が大きいんです。それも、発声練習をしていたこともあってよく通る。
そのよく通る大きな声でよく喋るからほとんど debe ブリキ缶です。